あなたが使う駅ってどんなところ?

「〇〇駅?なんもないよ」

私は冗談交じりにこの一言を告げる連中が嫌いだ。

彼らが"なんもない"という場所には実際には何もないわけではない。
私はどんな場所にもその土地特有の面白さがあると思う。それに、特色だけで無くその人だけが持つエピソードが必ず転がっているはずだからだ。
それが聞きたいから、質問をするのだ。

しかし、"なんもない"と断言されるとぶっきらぼうにシャッターを閉じ、この会話は終わらせようと言われているように感じてしまう。

それならそれで良いのだ。
触れてはいけない話題だったのだろう。

だが、"なんもない"が相手を楽しませる一言だと考え、ここ笑い所ですと言わんばかりのトーンで発する連中には腹が立つ。

"なんもない"を伝えて何が起こるのか。
そうですか。何もないのですか。おわり。

"なんもない"と告げた人間はその後別の話題を切り出す。

相手が知りたいことを答えず話したいことを話す。いわゆる喋るコミュ障の一例だろう。

話を切られていい気持ちにはならない。
その後の話題も楽しみづらい。

以前私は"なんもない"と発した時、間髪いれずに
何も無いわけないでしょう?と聞いたことがある。

すると駅があって...公園が近くにあって...と相手は情景を想像し始めた。

公園があるのですか?
場所を繰り返すと、そういえばあんな事があった!とエピソードを話してくれた。その後会話は弾み、彼の面白い習慣も知ることが出来た。

相手に自分を伝えたい時、地元トークほど優れた話題はない。
その人の日々の行動や習慣、長く住んでいるからこそ知っていること。など
話そうと思えば次々にエピソードが思い浮かぶ。

ぜひとも、土地について聞かれた時は"なんもない"なんて返さないでほしい。
あなたが話したい話題以上に肥沃な土壌がそこにはあるのだから。