電卓と私

先日、私の電卓を知り合いに馬鹿にされた。

私は5000円の電卓を愛用しているが、彼は電卓に対して数千円かけることを異常だと認識したらしい。

いやいやそんなことはない。
必要最低限の機能を揃え、タッチ反応速度が早く、デザインやブランドが...ほにゃほにゃ

など彼に電卓の素晴らしさをとうとうと説いてやろうと思った。しかし、スマホに内蔵された電卓機能に満足している人間に力説するのは、傍から見れば一般人に知識をひけらかすオタクのように見える。
なので、衝動を抑えてただ一言、使いやすいんだよ。と告げてあしらった。

電卓は耐用年数が長いので高いものを買ったほうがよい。長く使えば使うほど年あたりの費用は安くなる。だからロングスパンで見れば決して高い買い物ではないのだ。

と、値段の正当性を説明したが、値段はさして重要ではない。

私は生涯をこの電卓と過ごしたいと思っている。電卓で食を繋ぎ、艱難辛苦を共に乗り越えていくのだ。

彼にはこの重みは分かるまい。私はこの電卓と出会い、慎重にアプローチをかけ、丁寧に交際を重ねここまで過ごしてきたのだ...まだ2年目だけど。


誰にだって大切にしているモノはある。それを安易にからかうのは避けるべきだと私は思う。